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愛犬たちが虹の橋を渡ったお話。

  • 公開日:2019年4月9日
  • 最終更新日:2019年9月3日
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2019年2月2日に愛犬ニコ、2019年3月22日に愛犬ライムが虹の橋を渡りました。たった2ヶ月弱の間に大切な家族が2匹もいなくなり、夫婦共々悲しい気持ちでいっぱいです。

実はニコが亡くなった時、私自身なかなか気持ちの整理がつかず、このブログでもSNSでも記事にするつもりは全くありませんでした。しかしライムも亡くなってしまった今、気持を整理するためにもこのブログに残したいという気持ちが強くなり書くことにしました。

愛犬ニコについて

ニコは2002年7月4日生まれのメス、享年16歳7ヶ月でした。

犬の寿命を考えると14歳まで生きられれば長生きと言われている中よく頑張ったほうだと思います。

性格は大人しく人間の意図がわかる賢い犬でした。食欲も旺盛でしたが、人間の食べるものは与えてこなかったことが長生きの秘訣だったのかもしれません。

亡くなる1年くらい前からは高齢ということもあり足腰が弱り始め、同時に認知症の症状も見えていました。耳も遠くなっていたので呼んでも聞こえないのですが、食欲だけはとても旺盛だったので亡くなる直前までモリモリ食べていたのを今でも覚えています。その頃には私達の食事も食べさせたりしてストレスのかからない様に過ごさせていました。

2018年の秋くらいまでは尻もちをつきながらも歩くことはできていたのですが、雪が降り始めた12月には歩くことも困難になり、年が明けた2019年にはほぼ寝たきりの状態になっていました。

24時間体制での看病

年が明け2019年に入ってからは自力でオシッコをすることも難しくなってきていたので、3時間おきにお風呂場で抱えながらオシッコをさせるようになりました。そのため日中は私が、夜から朝までは妻がニコの面倒を見ることになりました。

それでも食欲は旺盛でまだまだ元気な様子だったので、下半身は全く力が入らないが上半身は元気いっぱいという状態です。

外は雪のため歩くことはできませんが、室内でお腹にスカーフを巻いて持ち上げることで、上半身だけで散歩をしていました。それでも本人は楽しかったようで小走りをしながら何度も行ったり来たりしていました。

妻の膝の上で静かに息を引き取りました

ニコが亡くなる前日の2019年2月1日。今思うと、この日は朝から様子が変だったというか、いつになく力が入っていない感じでした。食欲もなく尿も出ていない状態です。目もうつろで遠くを見ています。もしかするとそろそろ寿命なのかなと私達も感じており、できるだけ目を離さずに過ごしていたと思います。

これまで夜は私が熟睡するために仕事部屋で寝るようにしていたのですが、この日は私も寝室に戻り私と妻の間でニコを寝かせることに。

様態が急変したのは日付が変わった2月2日の1時ころ。急に苦しそうに吠え始め、何度も何度も吠えていたので私が抱きかかえたところ、すぐに落ち着いたのですが今までに見たことがない様子でした。

呼吸も落ち着いたので妻に抱いてもらい私は一旦トイレへ行きました。そしてトイレから戻りニコと目が合った瞬間、ニコは静かに下を向きました。

すると、ニコを抱きかかえている妻が「心臓止まった」と泣きながら話しているのですが、何を言っているのか理解できません。いずれ来るであろうニコの最後ですが急なことに信じられませんでした。

妻が言うには、私がトイレに行っている最中キョロキョロとあたりを見回して私を探していたそうです。そして、私が戻ってきたのを確認し妻の膝の上で静かに息を引き取りました。

お葬式はやすらぎの丘で

2019年2月4日に『やすらぎの丘』というペット霊園でお葬式を行いました。私たちの家族なので、大好きだったおやつやたくさんの花を飾りニコの旅立ちを夫婦でお祈りしました。

愛犬とはいえお葬式まで・・・と思われる方もいるかと思いますが、思い出や気持ちの整理をつけるためにも行って本当に良かったです。

下記のリンクは『やすらぎの丘』ですので参考までにリンクを貼っておきます。
https://www.satu-petyasuragi.com/

お葬式の間、残されたライムは自宅で留守番させていたのですが、これからは私たちとライムで頑張っていこうとおもった瞬間でもありました。

愛犬ライムについて

ライムは2004年11月24日生まれのオス、享年15歳4ヶ月でした。

性格はとても陽気で我が家のお笑い担当的な存在です。いつもどこかに頭をぶつけたり、転んだりしておっちょこちょいなのですがいつも周りを楽しい気分にさせてくれます。

ライムはニコが2歳の時に我が家に来たので、生まれたときから15年間ニコとずっと一緒でした。いつもニコの後ろをついて歩き、くっつきすぎてニコに怒られながらも常に離れることはありませんでした。

2017年頃には正式な病名は忘れてしまったのですが、犬のメニエール病のようなものにかかってしまい、後遺症で頭が右に傾いている状態になってしまいました。

それからというものまっすぐ歩行することができなってしまったのですが、食欲もありましたし元気に過ごしていました。

ニコとのお別れ

ニコは亡くなったということはライム自身もしっかりとわかっているようでした。夜中にクンクン泣いてみたり、普段は見たことがない天井をじっと見ていたりとニコがいなくなったことを自覚している行動が多々あったからです。

とはいえ食欲も元気もありましたし、いつも二番手だった存在をライムだけにしてあげられることで、寂しさを埋められるものだと私達は思っていましたし、ライム自身も乗り越えられるものだと思っていました。

急に体調が悪くなり病院へ

ニコが亡くなってから1ヶ月以上過ぎた2019年3月21日の夕方、ライムの体調が急に悪くなり舌が真っ青に。

これはちょっと様子がおかしいと思い、掛かりつけの病院に向かったのですが、その日は祝日だったため残念ながら休院でした。何度か電話したのですが残念なことにすぐに戻ることが出来ない場所にいるようで、結局診てもらうことが出来ませんでした。

祝日の夕方に診てもらえる病院を見つけ、その病院に到着する頃にはライムも気分が落ち着いたようでした。念のためエコーなどで診てもらい薬をもらい、近い内に血液検査をしたほうが良いと言われたので、掛かりつけの病院に明日にでも診てもらいますという話をして病院を後に。

帰りの車では元気はあまりないものの呼吸は落ち着いていましたし、妻の用事を車の中で待っている間も私に抱っこされたままゆったり眠っています。

自宅に到着し夕食を用意したのですが珍しく食欲がなかったようで一口も食べません。これまで一度もそんなことはなかったので驚きました。あれだけ調子が悪かったので食欲が無いのだなと思いましたし、明日は血液検査もお願いしようと思っていたので、安静に寝かせました。

ライムもニコと同じ様に妻の膝の上で静かに息を引き取りました

急変したのは日付が変わった3月22日の1時頃。私達も布団に入っていたのですが完全には眠っていなく、たまたま妻がライムの調子を見ると少しだけ呼吸が早かったようなので抱きかかえて落ち着かせていました。

私も様子を見ようと思い布団から出て、ライムに近づいた瞬間「まだ早いよっ!!!」と妻が叫び、私に「ライムの心臓が止まった」と言いました。妻はそのまま心臓マッサージを始め「まだ早いよ!」「お願い死なないで!!!」と。

するとライムは息を吹き返したのです。そして私をしっかりと見つめています。

私は良かったと思い安心してライムの頭を撫でているのですが、妻が泣きながら私に「もう心臓が止まった」と。私は「まだ俺の方見ているし生きている」と言ったのですが、心臓は3回ほど動いたがもう止まったと。

その日はニコの49日でした

ライムが亡くなった日はニコの49日。ずっと元気だったライムが突然すぎる死に私達は受け入れることが出来ません。しかし、私達には想像ができない程の寂しさがライムにはあったのでしょう。ライムの人生はニコと共に歩んだ人生なのですから。

ライムはニコが大好きだったので、最後までニコと同じ様に妻の膝の上で抱っこされたまま、時間まで合わせて虹の橋を渡ってい行きました。きっとライムにはここで私達といるよりも大好きなニコといたほうが幸せなのかもしれません。

私達がニコの死を乗り越えられたのはライムの存在があったからです。私達夫婦はもう大丈夫です。

きっと怒られながらもニコの後ろにくっついて今頃歩いているのではないでしょうか。

さようなら。

ヤマダソウイチロウ

ヤマダソウイチロウ・1975年3月7日生まれA型、現在49歳。映像制作を中心に、クリエイティブな活動しています。詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。

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Soichiro Yamada